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用賀02 真福寺

Dscf1308

Dscf1307_1 石柱は向かって左の壁の植え込みに埋もれています。
拓本は取れますが、真福寺の文字は見えません(^-^;
この葉っぱは根性があり、手で退かして写真を撮ろうと思ったのですが、びくともしませんでした。

『このお寺は今から約400年前に創建されたといわれ、大山道に山門があって赤くぬってあったので赤門寺とも呼ばれていました。ご本尊は大日如来という仏さまで、開山は宋円和尚、開基した人は飯田図書という人です。
明治時代、京西小学校が台風で壊れてしまった時、本堂が仮校舎として使われました。
今、新しくなった山門を入ると左側に庚申堂、太子堂、法教上人碑、芭蕉の句碑、六地蔵、大日堂などが並んでいますが、みな元の場所から移されてきたものです。
昭和28年に本堂の大修理が行われ、庫裏も鉄筋コンクリート造りに建て替えられました。』

Dscf1309Dscf13106_1 右側が太子堂で聖徳太子様の石造が祭られています。
左側が庚申堂です。元々は大山道沿いの三差路にあって道標となっていたそうです。芭蕉が大山街道を通って用賀に来た時に残した「みちのべの木槿(むくげ)は馬に喰われけり」の句碑もあります。

 

「真福寺の山号 瑜伽山(ゆがさん)の「瑜伽」が「用賀」に転じたとする説がある(「瑜伽」はサンスクリット語「ヨーガ」の音訳)。しかし、真福寺の山号は昭和二十年代まで実相山であった。ほかに確たる資料もなく、裏付けのできる説ではない。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」だそうですが、鎌倉初期に瑜伽の道場があったという説(『世田谷の地名』)があるのは事実のようですし、このお寺の門前町(といっても小規模なものでしょうが)から用賀の街がスタートしたことも確かなようです。

西日が強く、私のデジカメでは山門の赤色がよく出ないので残念ですが、鮮やかな赤色が目を引くお寺です。

Y02 真福寺

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コメント

>>鎌倉初期にヨガの道場があったことは事実のようですし

ソース不明。
そのころの草深い用賀にそんなものがあったとする文献があれば見たいものだね。

投稿: たま | 2009年6月24日 (水) 16時44分

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